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「先生!微分したら時間が停止しました!」「、、、無能論」
唯脳論 唯脳論
養老 孟司 (1998/10)
筑摩書房
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連休中に読めた唯一の「本」です。本を読むスピードも遅くなったYo、、、orz

この本の中で一番興味深かったのは、脳における「粒子」と「波」の乖離の話。
つまり、「視覚」と「聴覚」という2つの要素が分離していること自体、
人間の脳の都合であって、構造と機能が同じ要素の異なる面であるのに、
時間を疎外するか内在化するかで区別するのと同じなのだそうだ。
さらに面白いのは、その離反した2要素を結合するために「言語」が生まれたという。
うーん、人間の脳の中でいかに視覚と聴覚が別々に扱われているかを示す
分かりやすい例とを挙げるとすれば「失語症」だろうか。
失語症を考えると、脳の中で明確に視聴覚が分離していることが理解できるだろう。
とにかく、日常我々は視覚と聴覚とを一緒くたにして
「言語」というレッテルを張っているわけです(そして脳のバランスが乱れると失うわけです)
「リズム(反復、時間)と形態の融合こそ言語」なんて言うと、
なんかウィトゲンシュタインが好きになれそうだ。
まあ、融合以前に分離してないんだから上の文章はおかしいけれどね。
光がある面からとらえれば「粒子」に、別の面からとらえれば「波」になってしまうのは、
単純に「人間の脳の構造的限界」だということですね。
ちょっと「人間的でない」思考が必要。時間と空間を完全に1つの式におさめるくらいの。

オレ個人は、これまで「身体感覚と脳の融合」が(人間的)知能の根源と考えていたので、
「乖離故の創出」は目から鱗な感じでした。やはり脳は面白い!
(「結局「言語」で融合してるじゃん」という反論が来そうだけど、
  機能として一体では無いので「融合」とは呼べないんじゃないかと思う)

後、どうでもいいことだけどこの本の「エピローグ」は不要なんじゃない?
ちょっと、個人的感情ぶちまけ過ぎ?最後まで読んでガックリきた。
途中が面白いから全然良いけど。

良い点としては江戸時代に描かれた解剖図の挿絵がいくつか載ってることも挙げられる。
日本の解剖図絵が紹介されてるのは珍しい(?)ので、うれしかったYoー
カラーじゃないのが惜しい!

追伸:筆者は文中で「中国人が漢字と音を1対1で読むなら音声言語」と語っていたが、
   中国人は日本人よりも多彩な漢字発音体系を持っているので
   「漢字は中国でも視覚言語」だと思う。
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2006/08/24 23:18 | | 知能思想 | コメント(0) | Trackback(0) | pagetop↑


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